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こんばんわ。

標題の件ですが、仕事が・・・忙しい。先週末は新幹線の終電に飛び乗り、今週は月曜から出張というイレギュラーで、落ち着かない今日この頃です。しばらく週末もお出掛けは出来そうもなく、更なる更新頻度の低下となりますが、また気が向いたら当ブログにお立ち寄り下さい。

落ち着いたらまた更新します!それまでは暫く間が空きます。
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おはようございます。

月曜日は大阪事務所に出勤するのが通常なのですが、大阪に居る時に限ってほとんど毎週雨が降っているのは気のせいでしょうか。とはいえ広島出張中も週1は雨が降っているという悪天候に好かれた体質なのかもしれません。

というわけで、5月6日から1泊旅行で那智勝浦に遊びに行ってきたので、その時の様子を写真交えて振り返ります。

5月6日(金)くもりのち雨

天気予報は雨というのは早い段階から分かっていたので、熊野古道散策が主たる目的の今回の旅では、雨合羽やら運動靴、タオル等を前もって準備の上お出かけをする事になりました。

午前11時32分天王寺発のくろしおにのって3時間半の長旅ですので、あべの近鉄地下で少し贅沢なお弁当を購入して行こうと少し早めに家を出たのですが、9階の催し物会場で北海道物産展が偶然やっているではないですか。



海鮮丼と豚丼+叉焼を購入していざ出発。



さすがの3時間以上の長旅という事で、少し奮発してグリーン席を取りましたが、これが正解でした。ゆったり3列シートで、1人掛けのシートはオーシャンビュー、2人掛けの方はほぼ山側なので、2人でも1人掛けをとってゆったり移動する方がオススメです。J-west会員のe早特利用だと自由席とほぼ同じ値段で乗車出来ます。



飲んで食って、少し寝て気がつけば本州最南端を既に超えていました。窓の外は結構な雨量ですのでテンションも下がり気味。

 

紀伊勝浦駅に到着。電車が出発して3分後位の風景ですが、人っ子一人居ない。そんな閑散とした街をホテルチェックイン後に散策し、まだお腹が空いてなかったのでホテルで時間つぶし。



だいたいどこの地方に行ってもとりあえず地ビールがあれば買うのですが、まぁ味はそんなに特筆すべき点なし。その後は軽く昼寝をし夜7時前に再度街なか散策にお出かけしました。この頃には雨も止み、街なかにもちらほらと人影がありました。




那智勝浦といえばマグロ、ということでマグロ料理屋さんで食事。刺し身は中トロをサービスして頂きました。コレ以外にも3品ほど食べたのですが、メニューには時価としか書いてないものも多く、先客さんのお会計がお一人様なのに6,000円位しており、私共は酒も結構飲んでたので1万5千円位は覚悟していたのですが、蓋を開けると7,000円ちょいでした。なんかつけ忘れてるんじゃないかなぁ、なんて思いながら少し得した気分でホテルに戻り、



まち散策の時に購入し、冷蔵庫で冷やしていた地酒で乾杯。最近はこういう飲みやすい日本酒に出くわす機会が増えました。この熊野三山はどこかのお店で見かけたら、また注文したい程は気に入りました。

明けて5月7日(土)
懸念していた雨天ではなく、これでもかという曇天。相変わらずの曇り男を遺憾なく発揮し、少し肌寒さを感じる中、路線バスにて那智山を目指します。大門坂駐車場前で下車し、徒歩での入山。



延々と続く石段を息を切らしながら歩みを進めていきます。雨上がりの草いきれというのでしょうか、濃い緑の匂いを噛み締めながら、200段近くあたりから頭から滝汗が出ながら、無事登頂。



もやが掛かって神秘的な風情の那智大社。



霧の濃さはこちらの画像の方が分かりやすいですね。

那智の滝。



前日に降った雨のおかげで水量の多い迫力のある滝になっておりました。帰りはバスで下山し帰りの電車まではまだまだ時間があったので勝浦の街をまた散策。



たんぽぽラーメンというお店で和歌山ラーメンを食べました。ラーメンも美味でしたが、チャーハンが秀逸でございました。



まだ時間が余ってたので、ホテル浦島の日帰り温泉で登山の疲れと汗を流し帰阪。帰り道にまた北海道物産展に立ち寄って、かにしゅうまいやLeTAOのドゥーブルフロマージュを購入して家で晩酌して旅は終了です。

今回は熊野古道の一部で那智山メインでの旅行でしたが、今度は紀伊田辺からのルートか、新宮からのルートか、川湯温泉宿泊かのプランで行ってみたいです。

こんにちわ。

昨日のエントリーから仕事の合間を縫って画像のサイズダウン加工等を行っておりまして、取り急ぎは5月2日小豆島一泊旅行をまとめましたので、再アップでございます。

5月2日 天候は穏やかな晴れから崩れる予報。

 9時半過ぎに家を出発し、神戸港から坂手港行きのフェリーに乗って小豆島まで移動。



艦内はゆったりとしていて、GW中の平日のせいか乗客もあまり多くない様子でした。



坂手港に到着後の写真。水が大変綺麗でしたが魚影は見えず。釣り人は一人だけいました。暇があったら釣りしようと釣具持参をしていましたが、ここでは断念。



フェリー登場後、いの一番に昼食タイム。オリーブうどんを注文しました。普通のおうどんにオリーブ2個のシンプルなやつ。多少腰の強いおうどんと上品なお出汁に、ほんのりとオリーブオイルの香りが鼻腔を包み、おいしゅうございました。



潮の満ち干きによって出現するエンジェルロード。昼過ぎと夜中が干潮だったので、見れないかなーと思いつつ2キロ程歩いてみると、沢山の人々によって荒れたエンジェルロードがお目見えしました。翌日の天気予報は雨だったので、この日に渡ることが出来てラッキーでした。この日はこの後、ホテルで夕食をいただき地酒を飲んで温泉に入って就寝。

翌日は、天気が崩れるとの事でパッパッと行ってみたい所を駆け足で移動。路線バス1日乗り放題チケットを購入して、ぶらり途中下車の旅でござます。



私の大好きな映画【八日目の蝉】でも見たことのあった、千枚田。それぞれの田んぼは石垣造りになっており、遠目に見るとさながら城塞のような風情。天空の城ラピュタの主題歌が頭の中で鳴り続ける状態でした。



次の途中下車は道の駅 小豆島オリーブ公園。ここでいろいろとお土産を購入し、バスの時間と格闘しながらさらっと観光。ここから福田港まで40分程のバス旅に戻ります。



福田港につくと、出港予定のフェリーが既に停泊中でしたので、慌てて近所の売店で穴子弁当を購入して乗船。広島からの帰りの新幹線で食べる時にでよく買う穴子弁当より美味でした。そういえばこの画像に載っているオリーブラスク食べたっけ?

福田港から姫路港への道中は、瀬戸内海では珍しくシケっており、大型フェリーでも少し船酔いしそうな程の揺れでした。90分程フェリーに揺られ、そこから姫路駅までバスで移動し、母の日のプレゼントを購入して実家へ移動。


実家に着いて最初に驚いたのが、数年前に他界したマロン(シーズー)がなぜか生き返っていました。犬のニオイも肉球の感触も久しぶりに味わって、甥っ子とトランプで盛り上がって、翌日に帰阪した充実した2泊3日旅行でした。

おはようございます。

10連休明けの一発目の勤務+雨=憂鬱です。朝一番で溜まりに溜まった業務メールを捌いてからの一旦休憩中に更新しております。

10日間もお休みを頂いたので、書くことも溜まっているのですが、写真があったりなかったりするので、本日は箇条書きでGWを振り返りたいと思います。

・4月29日(金)
 妻は出勤のため、私はいつもの休日が如くお昼前までゆっくり寝、土曜日のいつものパターンである【せやねん】【吉本新喜劇】でも見ようかとテレビを付ける・・・も、なんでやってへんねん!と軽い時差ボケ気味に連休がスタート。広島から帰ってきて寝て起きたらいつもは土曜日の昼なんで、習慣的に身体が覚えているのです。結局は妻が仕事から帰宅するまでは、ゲームをしながらゆっくり過ごす事になりました。夜は外食をし、GWの予定あれこれを考えながら就寝。

・4月30日(土)
 晴天。いつもの土曜日。ゆっくり寝て昼前におきてテレビ見て。天気も良かったのでお買い物に。運動を兼ねて徒歩で心斎橋まで行き、妻の誕生日プレゼントを購入して、カラオケいって、外食して飲んで寝る。

・5月1日(日)
 晴天。義理の父とゴルフの練習に奈良までお出かけ。久しぶりにクラブを握り、手には水ぶくれをつくりつつも200球近く打ち込むも相変わらずのスライス病で、妻のほうが上達が早そうな気配。

・5月2日(月)
 曇天。小豆島へ1泊旅行。行きは神戸港から。前日までの晴天が打って変わっての曇天→雨天という予報の中出発。初日はほぼ移動のみで終了。ホテルから歩いて2kmほどにあったエンジェルロードに行って、ホテルに戻って夕食&晩酌で終了。

・5月3日(火)
 綺麗な曇天&強風のち雨。夫婦で旅行の際はよくある天候なのです。本日は路線バスの旅ということで、千枚田→オリーブ園と移動し早めに福田港へ。帰りは姫路へ向かうのです。実家で一泊し、はじめて一人で電車で帰ってきた甥っ子と、一時預かり中の可愛い犬に癒やされました。

・5月4日(水)
 晴天。帰阪前に姫路の百貨店で、甥っ子が初めて母の日にプレゼントをするというイベントのお手伝い。阪急梅田駅まで甥っ子を見送って帰宅。家でゆっくり過ごしました。

・5月5日(木)
 晴天。福島のほたるまちでフードソニックというイベントがやっている、との情報を見つけお昼からお出かけ。久しぶりにのった京阪中之島線でしたが、終点中之島駅を地上に出た瞬間に人だかりが!フードソニック会場である大阪朝日放送局の敷地内には、人・人・人でごった返していました。過ぎるTVの湯浅Dと記念撮影した後に5品ほど食べて腹ごなしの街歩き。福島界隈をブラブラしたのですが、昼から飲めるお店がないなぁーと環状線にのって京橋へ移動しましたが、あまりお腹が空いてないのでカラオケ行って結局谷六まで帰ることに。近場で外食して就寝。

・5月6日(金)
 曇りのち雨。本日は紀伊勝浦まで1泊旅行。旅行の日は見事にお天気ハズレの日を引いていますが、あべの近鉄でたまたま北海道物産展がやっていて、そこで海鮮丼と豚丼とお酒を購入して、特急くろしおで3時間30分の電車旅。グリーン車なので非常に快適な旅でした。現地着は4時前で、チェックイン後は今夜の晩ごはん探しに街歩き。勝浦といえばマグロということで、食べログでも評価の高いお店に行ってきました。街歩き中にみつけた地酒【熊野三山】で晩酌し就寝。

・5月7日(土)
 曇りのち晴れ。少し肌寒い中、那智山へと向かいました。大門坂から数百とある石段を登って熊野那智大社へ。那智山行のバスで一緒だった中国人観光客と思しき方の足元はサンダル。きっと途中で挫折してるであろうと思ってたのですが、山頂付近で再度見かけ彼の根性を見なおしました。なかには2歳児位の幼児が母に手を引かれながら、ぐずりもせずに登っていたりと、さっきまでもう登るの無理やわとギブアップしようと思ってた自分が恥ずかしくなる経験もしました。熊野那智大社からは下りで那智の滝へ。たまたま中国人バスツアーの団体にぶつかったのだと思うのですが、日本人より中国人の密度が濃かったです。下山後はたんぽぽラーメンというお店で和歌山ラーメンを堪能し、ホテル浦島で日帰り温泉を堪能し帰阪。

・5月8日(日)
 晴天。いつもどおりの週末の風景が戻ってきました。寝て起きてボーッとして、夕方になる頃には「明日がこなきゃいいのに」と呟きながら時が過ぎる。GWを振り返ると初日と最終日以外は何かしらお出かけをしているという珍しくアクティブな休日でした。ですが、1日1日はそんなに大きな思い出がないので、こうやって書き起こすのに苦労をしたり。仕事の事が気になって全力で楽しめてなかったり。ラジバ(略)

 画像のアップはまた後日!

こんにちわ。

4月14日9時過ぎ。私は広島のホテルに居ました。軽く晩酌しながらテレビを観ていたのですが、そこそこの揺れと地震速報で【熊本震度7】というテロップが・・・。

誤報かと思い、それからしばらくNHKから目が離せませんでした。震度の割には中継の熊本市内は特段の被害がなさそうだなぁと一安心し、妻とLINE。

九州には妻の親戚が沢山いますので、心配で。お互いにそれぞれの地でテレビを見ながら、親戚の安否確認情報をやり取りしていました。

聞こえてくる情報はまだ明るいものだったので、その日は12時過ぎには就寝。

翌日は山口に出張。インターネット上では様々な噂やデマが飛び交い、次は中国地方か?といった意見も見られ、生きた心地がしませんでした。

そして土日。地震の第一報から余震が断続的に発生し、結果これだけの大惨事となってしまいました。被害にあわれた方にご冥福をお祈り申し上げるとともに、今なお避難生活を送られている方、先の見えない状況ですが頑張って生きて欲しいと思います。

不幸中の幸いですが、妻の縁者には特段の被害がなかった(避難生活は続いている)との事。

結婚するまでは九州には縁が遠かったのですが、ブログにも記載した通り昨年は九州旅行をしたり、未定でしたが長崎にも行きたいね、なんて話してたばかりです。

また、ワイドショーでは震源地が移動した観測史上類を見ない地震だったとの評価や、近い将来に起こるであろう南海トラフ地震の恐怖感もより一層増しました。GWは近場で1泊旅行程度に予定を変更して、ゆっくり過ごしたいと思います。





こんにちわ。

 すっかり桜も各地で満開の報が飛び交っておりますが、満開情報と共に雨の予報も毎年聞かれるような気がします。昨日は月曜日でしたが、弊社もお花見をしました。日中は曇り空ながらも汗ばむ陽気でしたが、日没後は肌寒い気候でした。それでもやはり桜の木の下にはたくさんの笑顔と会話が入り乱れる光景がそこかしこで見られました。

 昨今では、観光資源としての桜にも注目されていますが、花の命は短いからこそなのでしょうか。年中咲いていては桜には魅力がないのでしょうか。わかりません。

 さて。

 先週末の土曜日、週末の天気予報はあまり宜しくなかったのですが、妻と散歩がてらのプチ花見を行って参りました。

  まずは我が家から谷町筋を南下して、高津宮へ。

 

 屋台もチラホラ見られ賑やかな様子でした。若者がワイワイと花見をする場所ではなく、子連れの家族や大人の集団が主な利用客でした。少し人気のないところでゆっくり花を愛でたいとの希望もあり、近くのコンビニで軽く飲み物を購入して次に訪れたのが、



 生玉さんの前の小さな公園。人気もなく、ゆっくりとほろよいで乾杯。界隈では花見をしている方はチラホラいらっしゃったのですが、おひとりさまやカップルで身軽な花見といった感じでした。昔はブルーシートのテント地帯だった所も、いまではすっかり跡形もなくなっていました。

 続いて、そのまま谷町筋を更に南下して、義士祭も行われる赤穂浪士ゆかりのお寺、吉祥寺。




 赤い門と外壁のギザギザ模様が特徴的で、その外壁を超えんばかりの桜。このコントラストがとても綺麗でした。




更にそこから南下して四天王寺さんへ。そろそろ日没で、カメの池でも甲羅干ししている亀さんはおらず、人が近寄ると首をもたげて餌をねだる様子がかわいいと思って見ていたのですが、妻は「キモッ」と切ない言葉を発するのでした。



四天王寺西大門付近のしだれてるヤツ。桜と門とハルカスと。いい感じに収まった写真です。そして、久しぶりに五重塔を見ようと思い、遠くからも見えないので、近寄ってみたら。



修復工事中でした。足場の様子からは上層階部分がまるまる無くなっているように見えますが、ほぼ全とっかえするのでしょうか。

・・・という訳で、この時点で午後6時半。遅めの昼食をとったのであまりお腹が空いておらず、そのまま徒歩で谷町筋を北上して帰路に着きました。

 来年もまた妻と一緒に桜が見れるといいな。

こんにちわ。

随分と更新感覚が空いてしまったのは、お仕事が多忙だったからであります。週末も作業をしたりと、妻とお出かけもままならない状況が続いてしまいました。

それが昨日一旦業務完了をし、お役所の検査もほぼ無傷で終了したので、頑張ったで賞ということで上司からの労い品を頂きました。




山口のお仕事で駅の売店で売っていた、おひとりさま1本限定の獺祭 2割3分。最近我が家では日本酒の超辛口がブームになっていますので、外食では日本酒を頂く機会が増えたのですが、獺祭は飲みやすくて好きです。流行っているのも分かります。

画像の品をホテルの味気ないマグカップで飲んだのですが、器ってホント大事ですね。マグカップだとあんまり美味しく感じませんでした。300mlの瓶なのですぐ無くなってしまうはずが・・・本日もホテルの冷蔵庫の中に眠った状態です。獺祭は悪くないんです、悪いのは器です。いや、マグカップで飲もうとした私が悪いんです。

目の前に酒があるからと手を出してしまいましたが、開封せずに家で妻と一緒に飲むべきだった・・・。

こんばんわ。

 三寒四温の通り、寒い日と暖かい日が交互に訪れており、体調管理が難しい今日このごろです。明日からまた寒い気温になる予定ですが、雨降った後にもう既に寒くなりつつありますね。

 さて。

 本日は四年に1度のうるう年で、2月が1日長い日でした。だからといって何があったかという訳ではありませんでしたが、毎年申し上げている通り2月は逃げる、で余り記憶に残ってない程過ぎ去るのが早かったです。特に今年はインフルエンザによる1週間お休みを余儀なくされたため、その間の仕事を取り戻すために、多忙でございました。週末もお出かけする事なく、家の掃除や近所の散歩程度で休日は終わってしまいました。

 明日から3月ですね。そろそろゴールデンウィークの予定を立て始めないとなぁと思い、昨日書店にて四国本を買って参りました。スマホのアプリで「都道府県の中でどこに行ったか」を色塗りするのを見つけ、妻と出会ってからの足跡をつけることにしたのですが、西日本では四国、東日本では関東・東北地方が未踏の地でしたので、東北は冬に行きたいなぁと話し合いの末に、とりあえず四国という事にあいなりました。

 四国一周電車の旅(二人でお酒を飲みたいのと、車の運転が少々怖くなっている)の予定ですが、乗り継ぎなどを考慮すると高速バスなんかも利用した方がいいかなぁ。

 四国のオススメあれば教えて下さい。

こんにちわ。

ご無沙汰更新となりましたが、皆様お元気でらっしゃいますか?
私といえば、先週丸々お休みせざるを得ませんでした。理由はタイトル通り、インフルエンザB型に感染したのです。妻が。

なんだか咳をしながら、だるそうにしてたんですよ。妻が。
私は翌週末に接待ゴルフだったから、練習に行かなきゃと準備をしてたんです。
咳をしながら「付いて行く。」という妻を寝かせて練習に出かけました。

折しも大阪国際女子マラソン開催の日。
我が家から桜ノ宮ゴルフ練習場に行くためにはコース上を横断しなければなりません。
都合40分以上掛けて練習場に到着し、小一時間程練習して帰宅。

妻はおとなしく寝てました。

そして月曜日。少し辛そうに出社する妻。これは月曜日朝の憂鬱が為せる業だろうと、そう思い見送りました。

私も出社し、普通に勤務。今週は仕事が忙しいぞ、なんて思いながら昼食休憩。その最中に妻からLINEが。

「咳してるのを同僚に咎められて、渋々医務室に行って検査したらインフルエンザB型やった。ごめん。」と。

そのLINEを見た瞬間、今まで元気だった自分も何だか身体がダルくなってきました。周りに感染してはいけないと思い、速攻でマスクをして上司に顛末を報告し、帰宅命令が・・・。

自宅に帰ると妻はハトに豆鉄砲食らわせたような顔をしていましたが、見た目は元気。そして「5日間自宅待機命令がでてん。でも、身体はなんともないねん。だからいっぱいビール買ってきた。」と・・・。

私がインフルエンザに罹った時の記憶はもう子供の頃で、その時はもう高熱やらで苦しい思いしてたので、拍子抜け。

結局は私も上司から5日間の自宅待機命令が出ましたが、インフルエンザの症状としては微熱と多少の下痢程度で、ほんとうに自分もインフルエンザに罹ったのか・・・という不安と、こんな症状で5日間も休まなければならない申し訳無さで辛い一週間でした。結局は申し訳無さもあって、勤務時間位はちゃんと溜まった仕事を処理しましたが。

どうせなら欠勤する申し訳無さを感じない位の、見た目に病人と分かるまで症状が悪化して欲しかったなぁと不謹慎な事を思うのは私だけでしょうか。

おはようございます。

今年一番の大寒波で日本各地で大混乱ですね。皆様も身体にはご自愛下さい。
さて、私の近況ですが、快適な新居生活も週の半分は出張という悲しい生活がまた始まりまして、ホームシックを患っています。そのせいか、週末は寒さもあいまって外出が極端に減った気がしますし、なにより掃除好きになるという自分でもビックリの現象が。

またキッチンも広くなったので料理をする機会も増えました。それは妻も同じのようで、料理のレパートリーがどんどん増えるという相乗効果も。なんだかんだ家を買うという事について、あーだこーだ御託を並べていた過去を思い返すと、買ってみて良かったと思う事の方が今のところ多い気がします。1年近く二人で議論を交わし、悩んで、色々物件巡って、即決出来た物件をリフォームして自分達色に染め上げた事で想像以上の愛着が湧いているという感じでしょうか。

あー早く我が家に帰りたい。

さて。

先週と今週、それぞれに広島のお隣の県に仕事の用事で伺う機会がありました。

まずは岡山。

大阪から新幹線で1時間未満で到着し、いつもの広島出張よりずいぶんと楽に感じる距離感。目的地は・・・イオンモール岡山。



1年ちょい前に出来た岡山駅すぐ近くの都市型巨大モールで、当時は我々業界の間でとても話題にあがった施設です。個人的にはこういう大型ショッピングモールでお買い物をするのが好きではありませんので、プライベートでは行くことはないと思うのですが、仕事目線で言えば【よく頑張っている】施設だと思いました。



屋上庭園の周囲にカフェや飲食店舗を配置し、フードコート的に利用出来る計画なんかも面白い。視察当日は平日の午後3時頃で、尚且つ真冬という事もあり利用客はまばらでしたが、気候の良い折には昼夜賑わいのある空間となるんでしょう。

総評としては田んぼの真ん中にあろうが駅前にあろうが、良い意味でも悪い意味でもイオンモール。車社会の地方都市では、あえて駅前に郊外にあるモノと同じような内容は必要ないやん、と再認識出来た気がします。

そんな思いを馳せながら、岡山の中心市街地を散策。さっきまで地下街やイオンモールにはたくさんの人が居たのに、中心市街地に人影がまばらで殺風景でした。そしてずんずん歩いて、昔見たことのある光景だなぁと、記憶を辿ってみると兄が岡山で一人暮らしをしていたマンション付近の光景だと思い至りました。厳密に言えばマンション付近ではなかったのですが、近くに堀川があって・・・という光景が当時の私には印象的で、その光景に近しい場所に立っていました。

一人暮らしに憧れを抱いていた少年時代。兄への嫉妬心とでも申しましょうか羨望感、そんな気持ちがあっての記憶でしょう。あの当時は岡山という街は都会だなぁと思っていましたがそんな光景とは違った風景が岡山の中心市街地にはありました。

つづいて、昨日の話。

新規物件の打合せで、山口市に行く道中。故郷の姫路手前あたりから車窓の風景が白くなって来て、



新幹線の車窓(午前10時頃)からみたマツダスタジアム。本日はここで降りず、もうすこし先へ移動ですが、ここから先はほぼ雪国と同光景でした。





自動改札はなく、切符を駅員さんに回収してもらうスタイル。駅周辺は県庁所在地の最寄り駅とは思えない風景。天候もあいまって待ちゆく人はまばら。こんな都市の中心市街地の活性化なんて果たして出来るのであろうか・・・なんて事を思いながら打合せに望むのでした。

こうして色々な街に仕事で行かせて頂く機会が増え、個人的には大小含めて”街”というものが改めて好きだなぁと再認識。それぞれの街に人が住み、働き、遊び、歴史が育まれ、そして次世代へと続いていく。その街づくりに携わらせて頂くこの仕事が改めて好きだなと認識した2016年冬でした。